「駅舎解体保存」の意味するもの 国立市議会議員 板谷のり子
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2006 年 8 月 4 日    
「駅舎解体保存」の意味するもの
〜軽井沢レプリカ方式とは?〜
 新幹線を降りると、高原のさわやかな風が頬に触れ、避暑地に来たのだという実感に包まれました。
7月28日、私たちはJRの勧めるレプリカ方式で駅舎を残した軽井沢駅の視察に出かけました。「JRが勧める」と聞けば、「じゃあJRが保存してくれるのか」と思わず喜びそうになりますが、そうではありません。あくまで‘国立市の事業’としてです。曳き家否決後、存置を認めぬJRが解体を迫る中、国立市はその方向を定められずにいるのが現状です。以前にもこのHPで説明したように、軽井沢の場合は新築ですから、保存ではありません。実は、軽井沢町で行われたことは、今後の国立市の行方を左右する重要なポイントだったのです。
 旧軽井沢駅は、新幹線の駅を造るために支障となり、取り壊す方向にあったものですが、保存を求める運動もあり、97年軽井沢駅再築が議会で決定しました。町は、地方交付税不交付団体で財源がなく、街路事業、都市計画事業の中で行おうと考えていたそうです。国の勧めもあり「町並・まちづくり総合支援事業」により補助を受けることができたものの、JRは、自由通路の確保から、駅前広場のタクシープール用地まで、町に整備させたのです。もちろん、駅舎を残すための用地も、JRの思いのまま、市の持つ清算事業団の土地と現在、駅舎の置かれているJRの土地を等価交換させたのです。それも面積比で1.8倍です。交渉は、町とJRとがそれぞれ依頼した鑑定士同士で話し合いだったそうです。新駅舎は、顔がなく、JRはロビー機能を造らない方針だったので、町が造った都市施設「さわやかハット」が事実上の駅の顔となりました。「駅前広場は無償で貸します」と言いつつ、「さわやかハット」の土地も町が買うことになったのです。軽井沢駅舎は、明治43年の創設ですから、国立駅よりずっと古く木造部分は痛みも激しく、修理を重ねたため、「面影保存」という道を選びました。
 こうして考えると、JRは国立市にも軽井沢町と同じような手法で、開発をさせる考えであることがよくわかります。国立駅舎のイメージで、JRの乗降客も増えるメリットがあるはずなのに、単なるレプリカの道を探らせようとしているのです。議員は、目先の政争に翻弄されている場合ではありません。



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